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発酵したパン生地のようにゆっくりふくらむ旅ブログ

やがて宇宙に…🚀 絵本『あいうえおみせ』安野光雅(福音館書店)

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(↑福音館書店『あいうえおみせ』表紙)

 

遊ぶ約束をしていたのに、
わたしがインフルエンザに罹ってしまって、
やむなく6歳の甥っ子は、
わたしが寝込む部屋のドアを、
少しだけ開けて、
静かに覗きながらも、
早くよくなってね、なんて言いつつ、
涙を堪えて、
そこから離れようとしなかった。

この時の甥っ子がずっと胸に抱きしめていた絵本、

それが安野光雅さんの『あいうえおみせ』だった。

www.fukuinkan.co.jp

 

『あいうえおみせ』は、
文章のない、いわゆる羅列系の絵本である。

横長見開きの紙面を大きく使って、
上段はあいうえお順、下段はいろは順、
それぞれのひらがなを頭文字にしたお店が左から右へと連なっていく。

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絵本全体は滋味深い画風で統一された、どっしりと落ち着いた雰囲気。

しかしお店をじっくり見ていくと、
和風あり、洋風あり、
今もなじみの業者の横に、昔懐かしの商売あり、
中には「えんとつや」なんてニッチなものから
「マージャンや」なんて大人びた場所もあり、
さらには、子どもが大笑いするような商売?も登場するなど、
一軒一軒の個性がとても豊かで、
ついついページを行ったり来たりしながら、
賑やかな商店街を歩いているような楽しさを味わえる。

甥っ子もわたしもこの絵本が大好きで、
いつも二人で眺めては、あれこれ空想を広げて遊んでいた。

さて、冒頭に書いたインフルエンザも完治して、
後日改めて甥っ子と『あいうえおみせ』を読む喜びを味わっていた時、
彼のほうから「おみせ、かいてみたいな」という誘いがあった。

なんと・・・

甥っ子は当時あまり絵を描きたがらなかった。
何を描いていいのかわからないことや、
自分の思っているほど上手くかけないことの混乱から、
苦手意識を持ってしまったらしいのだ。
まぁ、絵を描かなくても生きていけるし、
さほど心配していたわけではないけれど、
小学校は意外と絵を描かねばならぬ機会が多く、
頑なに嫌がる様子をみかけると、
少し楽になるといいな、とは思っていた。

この甥っ子が自分から「かいてみたい」と言ってきたのである。
厳密に言えば「あいうえおみせの絵を写してみたい」という希望だが、
模写すら好んでいなかった甥っ子からの意外な誘いに、
おばちゃんは俄然はりきった。

まず、クレヨンや筆ペンなどの使いやすい画材を用意した。

で、どうせなら紙を横に長く繋げてズラッと並べて描きたいね、
こんな風に話していてふと、
かなり昔に買ったまま放置していた巻紙を思い出し、
押入れの奥から掘り出した。

www.ikea.com

ずっしりとした重み、充分な長さ、好ましい紙の厚み、
まるで『あいうえおみせ』を描くために存在しているかのような巻紙である。
一巻き30メートルで500円というお手軽さも、
心底惜しみなく使える安心感があって非常に頼もしい。
この巻紙も今日この日を待っていたのだ。
そう思えてならない。
甥っ子とともに、
真っ白な巻紙にしばし見惚れてから、
大切に台所の床に敷き、
端っこから二人で丁寧に『あいうえおみせ』を写していった。

黙々と作業する時間がすぎる。
模写という作業の心地よい静けさに満たされる。

やがて。

わたしが「け」のお店、というか「けいさつ」を写していた時のこと。
写すだけの作業に少し飽きてきたわたしは「けいさつ」を写しながら、
どうしても「けいとや」を描きたくなってしまった。

で、「けいさつ」の横に、自分で考えた「けいとや」を描き足した。

すると、それを見かけた甥っ子の動きが止まった。

彼は、きちんと、ちゃんと、端から端まで、
『あいうえおみせ』を描き写したくて夢中になっていたのに、
わたしが突然、余計なアレンジを加えてしまったのだ。

あ、怒るかな・・・そう思いながら様子を見ていた。

しかし、しばらく自分の絵をじっと見ていた甥っ子は、
「じゃぁ、ぼくは、
本当はきゅうりは、いっぽんしかないんだけど、
もういっぽん、かいちゃおう」
とか言いながら、
絵本から写したきゅうりの横に、
もういっぽん自分のきゅうりを描き足し始めたのである。

「ぬかづけや」の、桶からはみ出した、きゅうり。

なんてかわいいきゅうりだろう。

甥っ子の心から生まれた、
少しひん曲がって、でも美味しそうで健気なきゅうりが、
今もはっきり目の裏に浮かぶ。

この創作が甥っ子とわたしを自由にしたらしく、
そこから怒涛のおみせ創作時間に突入した。

もう何年も前の話なので、
どんなお店を描いたのか詳細は覚えていないが、
絵本の真似からだんだんと自分たちの創作のおみせを生み出して、
あれやこれやと盛り上がるうちに、
気づけば真っ白だった巻紙は、
クレヨンで描かれた「おみせ」が何十軒も立ち並ぶ長い町となり、
最後の舞台は地球を飛び出して

つきや

かせい

せいや


真っ青な宇宙に浮かぶ不思議な星のおみせが浮かんでいた。
すでに疲れて集中力は底をつき、
絵のクオリティなんかぐちゃぐちゃになっていたけれど、
二人で作り出した宇宙は充実感という無重力に満たされていて、
この上なく心地よい遊泳を味わっていた。

おえかき、きもちいいね
うん、ほんとだね

あんなおえかき、またしてみたい。

✨🌈
おかえり図書館
Biblioteca Íntima
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安野光雅先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
たくさんの喜びと成長の機会を与えてくださりありがとうございました。
2021年1月16日