素朴なマティヤに会いにいく👀✨ クロアチア・ナイーブ・アートの名作に出会う旅

2019年6月　
クロアチア・ザグレブ
ナイーブアート美術館(Muzej naivne umjetnosti）で出会った一枚の絵から始まる物語。

マティヤ・スクルイェニ『動物の世界（Životinjski svijet)』　部分

「ナイーブ・アート」とは専門的な芸術教育を受けずに独学で絵画の技術を身につけた画家や、その画業を表す美術用語で、「素朴派」や「素朴画」などの日本語に訳されている。代表的な画家はアンリ・ルソーやセラフィーヌ・ルイ、そして広義では日本の谷内六郎や山下清、原田泰治、そして塔本シスコなども含まれていて、私が最も敬愛する芸術分野である。

なので、ザグレブにこの用語を冠する美術館があると知った時は胸がときめいた。
ただ、ガイドブックなどで紹介されている展示作品には残念ながらあまり心惹かれることがなく、引越して一か月以上過ぎた頃、市場の帰りにようやく立ち寄ることにした。

美術館はザグレブのランドマーク「聖マルコ教会」のすぐ近くにある（注：写真は聖マルコ教会）。美術館の入り口は、表玄関を入って右手にあるドアの中、細い螺旋階段を登った2階。小さな美術館ながら、クロアチア出身の画家の作品を中心に、大小様々な作品が所狭しと並んでいる。

クロアチアのナイーブアートは、農家の人たちが農閑期に身近な画材を使ってガラスに描いたのが始まりと言われており、美術館にも沢山のガラス絵が展示されていた。

当たり前ながら、実物は写真で見るよりずっと深みや迫力があり、
色合いも風合いも個性豊かな作品群の鑑賞は見飽きることがなかった。

が、なかでもこの一枚との出会いは格別だった。

『動物の世界（Životinjski svijet)』
マティヤ・スクルイェニ（Matija Skurjeni）作　
1961年
1000mm×1500mm
油彩画　

見た途端、画布から爆発するセンスに全身が痺れた。
周囲の音が聞こえなくなるほど夢中になり、
幅1.5mの作品が一度に視界へ入りきらない程近くに吸い寄せらる。

全ての動物に吹き出しを付けたくなるような賑やかさとユーモアを持ちながら、それでいて、非常に繊細で美しいタッチの油彩画が持つ絶対的な優美さを兼ね備え、全体の印象では素朴を放ちながら、画面の隅々からほとばしる生命力は圧巻。絵のどこを見ても物語がざわざわ立ち上り、観るほどゾクゾクする作品に、全身鳥肌が立つ。

貸切状態だった美術館で30分ほどじっくり『動物の世界』に見入ったあと、もっと彼の絵を観たい！と探したものの、残念ながらこの時期の展示はこの１枚のみだった。

美術館の人に画家について質問すればよかったものの、元来人見知りな上、『動物の世界』の魅力にすっかりノックアウトされ、惚けたまま帰宅してしまった。

かろうじてメモした名前を頼りに検索したところ、英語のwikipediaには少し記述があるものの、クロアチア語の記事数もさほど多く感じられず、あまり有名な画家ではなさそうなので「他の作品を観るのは難しいかな？」と思い始めていた。

その時ふと”muzej Matija Skurjeni”の文字が目に留まった。

Muzej がクロアチア語で”美術館”を指すことは、今日のナイーブアート美術館で覚えていた。おかげで、クロアチアに彼の名前を関した美術館があることを発見できて胸が高鳴る。しかも嬉しいことに、路線バスとトラムを乗り継げば、自宅から２時間くらいで到着できそうな場所にあると判明。クロアチア語のみのホームページで辞書を引き引き、開館日時などが確認できたので、早速翌々日に行くことにした。

マティヤの美術館があるのは、ザグレブの西隣町Zaprešić(ザプレシチ)。
初めてザグレブ市外に出るので、ちょっぴり緊張の冒険気分。
まずはザグレブ中心地からトラム西の終点Črnomerec（チュルノメレッツ）駅に行き、ザプレシチ行きの路線バス172番に乗り換える。

見慣れた雰囲気の街並みを抜けて、車窓には農地が延々と広がり始める。天気にも恵まれ、美術館まで40分ほどのバス旅に心弾ませ・・・たかったが、絶対に降りる駅を間違えたくなかったので、絶えず車内の駅表示を確認し、バス停が過ぎるたびに指をキツく折り曲げて、14駅目の目的地Mažuranićeva（マジュラニチェバ）到着を見落とすまいと刮目していた。

ちなみに全くの余談だが、指折り数える行為は一気に短時間で数える場合にはとかく便利なものの、バス停数えのようにカウントの間が空く場合、たまに困った事態になる。
わたしの場合、指折りは右手のひらを開いた、いわゆるパーの状態から始め、親指、人差し指、中指の準備に折り、小指まで折ってグーになったら、また小指から開いてパーの状態になるまで折り返すシステムだが、問題は、この折り返し前後、小指を１本立てた状態の待機中にしばしば起きる。

つまり、四、または六のカウントから進む際、はて次は、
　　小指を折って五だったかな？
　　薬指に進んで七だったかな？
と、進路を見失ってしまうのだ。ここでつまずくと、カウントの苦労が全くの無に帰すので今後も気をつけたいところだ。皆々様はいかに混乱を防いでいるのだろう？

閑話休題

今回は指折りも上手くいき、無事到着したマジュラニチェバ。

事前に地図で見た限り、広大な公園に複数の文化施設が点在していたので、上野公園のようなにぎやかさを想像してしまっていたが、そもそもザプレシチという街自体がこじんまりと静かな場所であり、中心地から離れた公園周辺は、到着を不安に思うほどひと気がなく、ひっそり感を極めていた。公園の入り口はバス停から徒歩５分。大木の並木が美しい小径を歩いていくと、林間に黄色い可愛らしい建物が見えてきた。

開館か休館か、外からでは様子が全くわからない静けさの中、ちょっぴり（いや、ほんとはかなり）緊張して入館。館内は木製の床や柱と、やはり木製の色艶が良い手すりがついた階段が優しい雰囲気を醸し出し、白い漆喰の壁一面にはマティヤの作品が無防備に掛けられていた。部屋の奥手にカウンターがあり、そこに座っていた愛想ゼロの女性に入場料を支払う。

のっけからグッとくる作品である。
伝説を元にしたモチーフらしいが、誰だろうか…

↑お付きの2人の旨味の深さ。

１階に飾られた10点ほどをじっくり見終えると、先ほどの愛想ゼロの女性が私をまっすぐ見つめて天井を指さす。なるほど、展示は２階、３階へと続くようで、木の階段を一人登ってゆく。

完全に貸切の中、好きなだけじっくりと一点一点見入る。

木の床に自分の足音だけが心地よく響く。
てゆうか、先ほどの愛想ゼロの女性が下の階から突然驚くほどの大声で、おそらく「すぐ戻るから！」的なクロアチア語を叫ぶと同時に外へ出て行ってしまった。この瞬間、私は１００点以上の美術品を前に館内で本当に一人切りとなった。美術館よ…私が善良な人間であることに感謝するがよい。

作品は続々ゾクゾク。

海の色も、タッチのコクも深い。

人の顔の旨味。右の男性はうちのばぁちゃんに似てる。

隅々まで、どのモチーフを見ても惹かれる。

お次は…

抜群の野趣が溢れる『アダムとイブ』

虚空を見つめるこのイブは、
果たして知恵の実を食べる前なのか、
既に食した後なのか。

お次は…

タイトルは『Prvi kozmonautski par』
グーグル翻訳によると『最初の宇宙飛行士カップル』という意味らしいが…
ペガサスの様でいて、羽の質感が毛並みと全く同じでノッペリしているところが、
ロケットの尾翼と捉えられなくもないような…
とにかく、木の枝ぶりの細密さと、馬の足の大胆さのギャップにグッとくる。

だんだん奥に進むにつれ、
展示の絵はマティヤの心の層を一枚一枚めくるかのように濃密さを増し、
深層に潜り込んでゆく。
まるで彼の心象風景の中を彷徨うダンジョンのようだ。

次の絵のタイトルは、Google翻訳先生によると、
『ロマの鈴蘭』とのことだが…

タイトルなど、どうでもよくなる吸引力。

母は強し、強き母の子はさらに強し…

コクのある炎。
何時間でも見ていらる一枚だ。

↓さて次はズームアップした画面から。

まぁ、可愛らしいお花畑☺️
に、突然…

あら？

あらららら？

あらまぁ…
本作のタイトルは『動物園』とのこと。好き嫌いは別にして、インパクトはピカイチ。
素朴派という名から気を緩ませた観覧者にアッパーを打ち込むような迫力の一枚である。

また、彼の作品には意外と政治思想や社会的テーマが多くて驚いたが、
1898〜1990年という長い生年を、激動の欧州及びユーゴスラビアで生き抜いた背景を知れば納得がいく。早くに父親を亡くし、7歳という幼さで学校を退学して働き始め、第一次世界大戦やユーゴスラビア内戦では前線での兵役を何年も勤めながら、独学や文化施設で絵画を学び続けたマティヤ。